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第一話 あの日、動き出した運命

last update 최신 업데이트: 2025-05-17 21:17:14

【二〇一五年 杏】

 少しだけ、話を過去に戻そう。

 あれは私、佐原|杏《あん》が十六歳、高校一年生の頃のことだった。

「父さん、起きて! 遅刻しちゃうよ!」

 布団の中でぽかんと口を開け、眠りこけている父に、私は思い切りダイブした。

「うっ!」

 私の重みに驚いて、父が目を覚ます。

 眠たそうに目を擦りながら、父は私を見て優しく笑った。

「ああ、おはよう、杏」

 私は父のこの笑顔が大好きだった。

 優しくて、見ていると心がぽかぽかする。

 次に、隣でのんきに寝ている弟の頬を軽く叩いた。

「う~ん……何?」

「何? じゃないでしょ、早く起きて」

 |芋虫《いもむし》みたいに体を丸めてもぞもぞ動くだけで、起きる気配のない弟、新。

 イラッとした私は、布団を勢いよく剥ぎ取ってやった。

「さ、寒いよ~。姉ちゃん、何すんだよ」

 新は不機嫌そうに眉を寄せ、私を睨む。

 私も負けじと睨み返した。

「ふーん、そんな態度取るんだ。じゃあ朝ごはん抜きね」

「えっ!? わかったよ……起きるよ」

 観念したように、新はゆっくりと起き上がり、布団を片付け始める。

 その様子を横目で見つめていた私は、勝った、とばかりに胸を張った。

 そんな私たちを見ていた父が笑う。

「杏の料理が食べられないのは困るもんなあ」

 のんびり笑う父を私がギロッと睨むと、父は慌てて着替え始めた。

「もう、本当に子どもなんだから」

 私は二人を見つめながら大げさにため息をついた。

 そして、朝食の準備をするため、急いで台所へと向かった。

「ごちそうさまでした」

 空になった食器を前に、父と新が手を合わせる。

 二人とも綺麗に完食。

 いつも気持ちよく食べてくれるので、作った私も気分がいい。

「さ、お母さんに挨拶して」

 出かける支度を手早く済ませ、私たちは仏壇の前に集まった。

 仏壇には、小さな写真が飾られている。

 写真には、笑顔の美しい女性が写っていた――私の母だ。

 母は、私が幼い頃に亡くなった。

 とても優しくて、綺麗な人だった。

 思い出せる記憶もほとんどなかったが、母が私たちに深い愛情を与えてくれていたことだけはわかる。

 愛というのは、目に見えなくても確かにそこに存在していて――

 人の心にずっと残り続けるものだと思うから。

 私と新、そして父の心には、これからもずっと母の愛は生き続ける。

「母さん、行ってきます」

 そう言って母に笑顔を向けたあと、元気よく立ち上がった。

 慌ただしく準備を整え、急いで家を出る。

 アパートの階段を駆け下りていくと、今度は父に挨拶した。

「父さん、行ってらっしゃい!」

 父とはここでお別れだ。

 父に手を振りながら、私は新と一緒に駆け出した。

 今度は新との分かれ道に差し掛かった。

「気をつけてね!」

 私が声をかけると、新は笑顔で応える。

 彼は中学生だから、私とは通学路が違う。

 元気に手を振りながら走り去る新の背中を見送ったあと、私は歩き始めた。

 ここまで来れば、もうすぐ私の通う高校も見えてくる。

 いつもと変わらぬ朝の光景に目をやりながら、少し足早に歩く。

 季節は春、高校に入学して、約一か月が経とうとしていた。

 高校生活は始まったばかりで、まだ馴染めないことも多いけれど、毎日が充実していた。

 勉強に部活に頑張りたい。

 そして、恋なんかもしてみたい――。

 そんなことを思いながら歩いていると、暖かな風がふわりと吹き抜けていく。

 揺れる髪と制服を手で押さえながら、ふと視線を前に向けた。

 男子生徒の姿があった。

 うちの学校の制服を着ている。

 なぜか、その人から目が離せなかった。

 やがて、その男子生徒がこちらを振り向く。

 トクン、と心臓が鳴った。

 それは、警鐘だったのかもしれない。

 二人の視線が交差する。

 その瞬間から、私たちの物語は動き出した。

 そう――悲しい恋の物語が。

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